無個性

個性的、というカテゴライズによる無個性化

感性

自分の感性くらい自分で守ればかものよ、という詩があった。誰が書いたかは忘れた。女性だった気がする。気のせいかもしれないけど。

 

全てが手からこぼれ落ちた時自分を人の形に保ってくれるのは自分自身の感性しかない。

顔も背格好も思考回路も作ることができる。それらについて全人類を画一化することだって可能かもしれない。でも、感性だけは違う。何を美しいと思い、何を残したいと感じ、何を創りたいと思うかは誰にも操作できない。ある対象に美を感じさせ、それを崇拝させ、これを創れと指示することはできる、でも、指定された対象以外を美しいと思わないことはできない。

そんなディストピアじゃないにしろ、現代においてもそれは変わらない筈だ。ギリギリの瀬戸際で自分を守り、そして救済するのは自分の感性だ。

しかし残念なことに、感性は鈍るものだ。だからこそ感性の自衛が必要だ。自分を人の形に保つために、落ちてしまいそうな時に最期までこの世界にしがみつくために。